その日はミシン仕事に一区切りをつけたあと、ジムと夕飯の買い物、それが済んだら30分だけ最近知った古本屋さんに寄ってみようと家を出ました。
近所の新刊書店はどんどんつまらなくなるけれど、近ごろ札幌には個性的な古書店が増えてきました。
それは、書棚に床から天井まで隙間なく本がぎっしりで、店先のワゴンに百円文庫本コーナーがあるような昔ながらの古書店とは違って(←これはこれで好きですが)まるでギャラリーのように整然としたおしゃれな古書店。
この日はじめて行ってみたのはそんなお店「NOMUSURU」さんです。
古いアパートの2階の一室をリノベーションした清潔なスペースに、アートブック、旅本、詩集、エッセイ、お酒や映画関係のZINEなどが規則正しく美しく並べられていました。
コーナーごとに椅子が置いてあり、ゆっくり試し読みができる工夫もされていて。
「こんにちはー」挨拶をしてからさっそく気になる本を手にとり眺めていたら
「本の数が少なくて〜本屋とは言えないかもしれません」と
笑いながら男性店主が話しかけてくれました。
でも私はそんなことは全然気になりませんでした。
むしろ状態の良い厳選された古書がアート作品のように並んでいる様子に、
美的感覚の鋭い方なんだなぁと思い、ワクワクしていたくらいなのです。
それから気になるタイトルの本をパラパラとめくったりをひと通り終えると、
本の合間に数本の外国のウィスキーのボトルが、さらに壁に大きめの抽象画が数枚飾られていることに気づきました。
「お酒がお好きなんですね、そして素敵な絵ですね」私が言うと
「絵は僕が描いたんです。僕、ウィスキーが好きなんですけど、
飲んだウィスキーから感じたイメージを色と形に変換してキャンバスに描いているんです」と仰る。
それから、「このウィスキーはこんな味だったから色はこうなって〜」と
絵の説明をしてくれました。お酒飲みであり絵描きでもある古本屋さん。面白いなー。
店内に置いてあるウィスキーは有料で試飲ができ、飲みながら本を選ぶこともできるそう。
ちなみにこの日NOMUSURUさんで手に入れたのは、作家が愛したお酒と食べ物の本。
それとミュージシャン古館佑太郎さんのアジア旅行記の2冊です。
私が子どもの頃、父方の祖母の家は“おばぁアート”で溢れていたし、母も家でいつもなにかしらの手芸をしていた記憶があります。
学校から帰ると、編み物が得意なよそのお母さんが先生となって、お茶菓子を囲んだ母たちで賑やかな編み物教室が開かれていたり。
懐かしい昭和の光景です。
私自身も手芸が得意な年配の人たちから
ミシンの使い方はもちろん、手芸の小技のあれこれを長年かけて教えてもらいました。
あの頃たくさん出版されていたあらゆる手芸の指南書からも学んできたし、いつも真っ黒に日焼けした元気少女だったけど、文化系の部活は手芸部でした。
最近は誰もが忙しい。
御多分に洩れず手芸材料は高騰しているし、材料店は撤退したり潰れてる。
のんびり手芸をする人が減ってきているのは致し方ないことかもしれません。
そんな中見つけた書籍「手芸とエンパワメント」。
美術制度史やジェンダー論を専門とする大学教授が書かれたこの本を読みながら
今も変わらず私が針を持つ意味について考えさせられています。
⚫︎⚫︎⚫︎目次になぞらえて⚫︎⚫︎⚫︎
縦の糸が私に手芸を教えてくれた歴代の先生たちだとしたら
横の糸は私の作るものを選んで手にしてくださる人たちです。
感謝しながら、これからも素敵と思えるものを作りつづけていきたいです。
「手芸とエンパワメント 私たちが紡ぐもの」
山崎晶子 著
晶文社 刊
7月から東京MX、読売テレビ系で
少女趣味全開の「さよならララ」というオリジナルアニメが始まっています。
アンデルセンの人魚姫の物語から200年後…
本当の愛を探すために滋賀県・琵琶湖のほとりに人間となってワープしてきた人魚姫ララと
彼女をとりまく普通の高校生たちの物語です。
絵は懐かしい昭和〜平成のセル画のような雰囲気なのに動きは令和というニューテイスト。
なにより主人公のララがほんとうにピュアな女の子で、仕草がたまらなくかわいくて魅力的なのです。
オープニングとエンディングを彩る
「いきものがかり」と「Hans hope」による書き下ろしの楽曲も切なく爽やかで夏にぴったり。
アニメというと少年ジャンプ系のバトルものが好きな私ですが、「さよならララ」は、遠くに置いてきた少女心を思い出させてくれます。
それから今期はこちらの2本も見ています。
「鉄鍋のジャン!」はこの激しい画風に現れているかと思いますが
1995年〜2000年まで少年チャンピオンで連載されていた漫画が原作のアニメです。
中華料理の名店を舞台に流れ者の料理人16歳の秋山醤(ジャンと読む)と
跡取り娘の五番街露子を中心に繰り広げられる料理バトル。
毎回美味しそうな中華の一品が登場、料理うんちくも聞くことができお腹が空く30分です。
津田健次郎さんのテンション高めの渋すぎるナレーションがむさ苦しくて、実に良い!
そしてもう一本はテレ朝系で放送の「天幕のジャードゥーガル」。
こちらも原作は漫画で、13世紀モンゴルで元奴隷の少女が「知性」を武器に
帝国を揺るがす冒険物語です。
私の好きな「王道の歴史創作もの」ですが、作画には懐かしの「パワーパフガールズ」や
「サムライジャック」のようなカートゥーンぽさがあり
レトロなのに今の空気を感じさせます。
ちなみに春のアニメも数本楽しんできましたが、
一番面白かったのは「日本三國」というアニメです。
毎回体感10分でした…!第二期制作が待ち遠しいです。
先日シアターキノで観た「急に具合が悪くなる」は、世界の映画祭の賞を総なめにした「ドライブ・マイ・カー」の監督、濱口竜介監督の最新作。
親のこと、そして自分自身の、
誰もがいずれ直面せざるを得ない介護問題。
そして命の仕舞い方についてを考えさせられる映画でした。
舞台はパリ郊外の介護施設「自由の庭」。
そこで働く施設長のマリー=ルー(ヴィルジニー・エフィラ)。彼女とふとした出会いから深い友情を築いていく舞台の演出家でステージⅣのがん患者である真理(岡本多緒)。
そして自閉スペクトラム症の孫を持つ役者(長塚京三)。
彼ら3人がフランス語と日本語を織り交ぜて訥々と語り合う場面が多く、
哲学者と人類学者の往復書簡からなる書籍「急に具合が悪くなる」を元にした映画なので
資本主義の構造問題を解く部分などは大学の講義を聞いているように少々退屈なところもあり。
気づいたら「はっ!数秒寝ちゃってた!でも場面変わってない!」ということがありました。
そんな、重い内容にして静かで優しさに満ちた3時間16分。
物語の最後で理想郷のような介護施設を見事にリ・スタートさせたマリー=ルーを見て思いました。
働く人、ケアされる人、その家族。
みなが平等で優しさに満ちた介護の現場を、
そこで働く人たちみんなで丁寧に作り上げていくことは決して夢物語ではないと。
そしてこの映画が描いた介護施設「自由の庭」がモデルケースになり、
社会全体(政治)が変わっていけばどんなにか良いのだろうと思いました。
いつものごとく何の予備知識もないまま、ただこの砂漠の景色のポスターに惹かれて観に行った映画「SIRAT (シラート)」。
レイヴパーティーに行ったまま行方不明になった娘を探すため、小さな息子と犬を連れてワンボックスカーで砂漠を横断しはじめるお父さんのロードムービーです。
といっても楽しげな話では全くありません。
延々と続くのは、砂漠の荒涼な景色。(モロッコあたりの)
流れるのは、重低音を響かせたアンビエント音やテクノ音。
登場人物は父子の他に、半ば強引に旅の案内をさせられることになったレイヴパーティーに向かう若者の一団。
モヒカン、片手、片腕ナシ(たぶん戦争で無くした)、舌にピアス、肩を出したボロボロのTシャツ。ラリってそうで一見怖い超個性的な面々のファッションと、砂漠でのレイヴカルチャーについても知れて面白かったです。
総勢3台の車は、天候の変化をもろに受ける砂漠の中、落ちれば終わりの崖のすぐそば、
埋まればおしまいの川の上、そんな大自然の中をひたすら進みます。
そしてやはりいろいろな災難が降りかかってくるのです。
起こる災難はどれもが衝撃的すぎて、4回ほど心臓が止まりそうになりました。
そして究極の「命の選択」を迫られる時に、それぞれの人間の根源的な部分が剥き出しになるのですが、そこがリアルでスリリングでした。
「自分ならどうするか」と考えたら、恐ろしくて、その場でそっと消えたくなりました。
タイトルのアラビア語、SIRĀT(シラート)は日本語にすると「道」。
イスラム教の教えで「天国と地獄をつなぐ一本の髪の毛ほどの細い道」という意味があるそう。
だからか深く考えれば宗教的、哲学的な示唆を感じる映画でもありました。
シラートを観たシアターキノでもらってきた
リチャード・リンクレーター監督の新作「ヌーベル・ヴァーグ」のピンクのフライヤー。
久しぶりにこんなお金のかかるポスター型のフライヤーが配られていることに、
気分が上がります。
7.8月は観たい映画がたくさん。
このブログも映画感想多めになりそうで、あいすみません。